ブラジリアン柔術とは

1920年頃にブラジルに渡った講道館の前田光世が、柔道としてカーロス・グレイシーに伝えたものが独自に進化したもの。
本来「ブラジリアン柔道」と言われるべきものであるが、当時は日本でも柔道のことを柔術と呼んでいたようで「ブラジリアン柔術」と呼ばれている。
その後、カーロスの弟であるエリオ・グレイシーにより「グレイシー柔術」として確立された。
1993年に始まったUFCで並み居る強豪を抑え優勝したのが、エリオの六男のホイス・グレイシー。100kg以上の巨漢相手に80kgそこそこの、ほとんど打撃テクニックがないホイスが寝技で相手を参ったさせる試合は世界中の格闘技関係者に衝撃を与えたと同時に「グレイシー柔術」の存在を世界中に知らしめた。
日本ではその後、エリオの三男のヒクソン・グレイシーがバーリトゥードジャパンに来日し、圧倒的な強さで優勝。また、大ブームになった総合格闘技興行の「プライド」や「コロシアム2000」でも日本のエース級のプロレスラーと対戦し圧勝している。2000年頃には「プライド」でのアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラや「修斗」や「パンクラス」に参戦したブラジル人などの活躍で「ブラジリアン柔術」という格闘技が認知されるようになる。
現在では、総合格闘家の多くが練習メニューに「ブラジリアン柔術」を取り入れており、黒帯柔術家がチャンピオンであることは珍しくはない。